会員便り
2010年5月:JIPA in 奈良 1300 報告
JIPA in 奈良 1300 5月8日-9日
JIPA全国大会-奈良に参加してきました。 ー 野村 光雄 ー
※(写真説明) 公開講演会終了後の奈良県庁の屋上で記念撮影。参加者7名(野村光雄/北川愛子/杉山宗英/内沢礼子/内村喜憲/土井れい子/齋藤 剛和)
JIPA主催公開講演会
「元興寺(がんごうじ)から考える’’日本の心と文化”」
ー あ・す・か・な・ら ず かなうあなたのゆめ ー
開催日時
平成22年5月8日(土曜日)13:00〜13:30-------開会式
13:30〜16:30-------講演会
奈良遷都1300年祭にあわせてJIPA全国大会が奈良で行われHIPAからは7名が参加してきました。
仏教伝来、蘇我氏、物部氏」聖徳太子の時代に明日香に建立された日本最古の本格的仏教寺院の法興寺(飛鳥寺)は奈良遷都にともない、718年に新京に移され法興寺から元興寺に改めました。そんな古い歴史のある世界遺産に指定されている滅多に使えないお寺の禅室で、まず開会式です。
歓迎のご挨拶 KIPA 理事・参与 細田茂
主催団体 会長挨拶 JIPA 会長 加藤精一
ご来賓ご挨拶 財団法人建築技術教育普及センター 試験部専門役 武田修司様
JIPAよりご報告 JIPA 副会長 中川誠一
臨時社員総会と第一回インテリアプランニングアワード展示の件が報告されました。
最後に実行委員会より注意事項と明日の実施プログラムの説明とお知らせ・お願いが有り閉会され、いよいよ 公開講演会です。一般の方も入れるので、一時退室です。
公開講演会は JIPA 会長の挨拶からはじまりました。
そのあと,おごそかな雰囲気の中で、講話「元興寺,起源と世界遺産」のテーマで住職のお話を聞き、お寺にまつわる民話の情感たっぷりの朗読「田道間守(たじまもり)」、「元興寺の鬼」に耳を傾け、ギターでの生演奏,効果音と声量の有る朗読がとても印象的でした。
奈良県立万葉文化館万葉古代学研究所 井上さやか氏の講演「万葉集がかたりかけてくる心」では、氏の万葉の世界を軽妙なおしゃべりで平たく説いてくれて、分かり易く万葉の言の葉に酔ってきました。
(写真 ご覧の通り柱が一杯ですが、寄りかかってはいけない。- 世界遺産ですから)
(写真 元興寺 記念碑の前で、、今年から大阪に転勤した大光電気の樽井さんも来ていました。)
公開講演会が終わり、元興寺を出て、インテリアプランニングアワードの展示会場をまわり、奈良県庁の屋上(これは知らなかったですね、一般開放されているのですよ、奈良の町並みを一望できます)に集合し、全国の協会勢揃いでの記念撮影です。
そして、徒歩で懇親会会場の天平倶楽部へ(結構、奈良は歩きました。)各地の協会の方達との懇親会です、一通りの挨拶の後
乾杯でのどを潤し、途中井上さやか氏のご挨拶や、元興寺文化財研究所の狭川真一博士のご挨拶を聞きながら、しばし歓談、そして、各地の協会のあいさつでは我北海道の協会のPRをしIPニュースを配ってきました。
(写真 交流会 狭川先生と。)
(写真 交流会 会場全体。)
さて翌日の9日(日曜日)は9:30に平城京跡に集合です、いやー広いです。
朱雀門広場世界遺産石碑前にて記念撮影をして、いざ大極殿まで、結構歩きました(徒歩はきつい、)。
奈良の古い味のある寺院ばかり見てきたものだから、復元工事は何となく味気ない。
去年の北海道のバスツアーの箱館五稜郭奉行所復元工事はそんな事はなかったのですが、、、歴史の違いか、、
(写真 翌日曜日 朱雀門集合場所にて。)
(写真 1300年後の未来へメッセージ--平成の木簡に 1300年保つ墨にて。)
(写真 大極殿内部。)
(写真 大極殿内部 四方の守り神。東の青龍、西の白虎、南の朱雀、北の玄武)
(写真 遣唐使船復元)
北海道組は帰りの飛行機が夕方なのでオプションツアーに参加しないで、独自にまわった方が良いという事で、関西の実行委員会の方達に挨拶をして、各自、平城京跡地を早めに切り上げ独自のコースで古都奈良見学に向かいました。
我々は(杉山さんとコースが一緒なので)法隆寺の塀に感動し、中宮寺のアルカイックスマイルを見、法隆寺入り口の前の食堂でうどんを食べ、有意義な奈良二日間を終え、帰宅の途に付きました。
(写真 法隆寺 塀)
(写真 中宮時 内部は写真撮影禁止 奥正面にアルカイックスマイル 釈迦三尊像が安置されています。)
(写真 中宮寺入り口横の堀に棲む亀)
2009年10月:ニセコ・余市 バスツアー 報告
2009年8月1日(土)AM 8:00 札幌駅北口広場 集合 天候良好。
今回、白鳥委員長のネットワークもあり新聞等に参加募集が掲載され 45名の参加者が集まり、うち一般参加16名 報道1名の方々もご参加頂きました。
一般参加者の中には米国・中国の方々もいましてHIPAも国際的に成った気が致しました。
参加者の交流の為、お互いのお名前が分かるようにと松田副会長が全員のネームプレートを作ってくれてましたので、皆さん首から下げてバスに乗り込みニセコに向けて出発。
出発して間もなく河村会長のご挨拶を頂き “ニセコ・余市 バスツアー” のスタートです。
ニセコに着くまでバスの中では、物 林 金川さんが「木」について色々と解かり易くかつ 楽しく解説をして頂き参加者みなさんが一気に和みました。中でも「良い木を育てるにはラーメンを割り箸で美味しく食べること」(笑)等 なるほどというお話が聞けました。詳しいお話を聞きたい方は是非、金川さんとコンタクトをお取りください。
(物 林さんから参加者皆さんに特製木片サンプルプレートのお土産まで頂きました。)
途中 中山峠で休憩を取ったところ 天候が良かったので羊蹄山がくっきりと綺麗に見えておりました。最高のバスツアー日和となりました。
いよいよニセコに着き ライフクリエイトくまがい 後藤さん、下川さんのガイドでリンダルシダーズホーム アンヌプリビレッジ内の3棟を見学させて頂き 輸入住宅の仕様とインテリアに触れることが出来大変参考になりました。
昼食は、ニセコ ヒラフの NAC JOJO’sランチを参加者皆さんで美味しく、楽しく頂きました。
(正面にはくっきりと綺麗な羊蹄山が見え、美味しさも倍増でした。)
お昼からは、ニセコ 山田に移動してヒココニシさん、中山真琴さんの設計建築・インテリアを見学。 ヒココニシさんは自ら建物案内をしてくださり、とてもよい参考になりました。感謝致します。
まだまだ建築ラッシュのニセコを後にして最後の見学地 斎藤木材 松村さん セッティングの余市 ニッカウヰスキー工場に到着。 工場内見学は専門の女性ガイドさんに案内をして頂き、参加者皆さんお待ちかねでした試飲コーナーでツアーの締め括りを味わいました。
(建物の歴史の味わいとウヰスキーの味わいに酔い痴れて少し飲み過ぎたかも知れません)
PM 18:30過ぎ 無事札幌駅に戻って参り、バスツアー終了となりました。
その後 駅近くで自由参加の2次会が行われ交流を深めました。
この度、一般参加者にもご満足して頂けるようにと企画・ガイドに力を注いで頂いた方々
賛助会員
ライフクリエイトくまがい 後藤さん(http://www.hokkaidocedarhomes.com/)
下川さん
物 林 金川さん(http://www.mbr.co.jp/)
斎藤木材 松村さん(http://www.hipa.biz/sanjo.html)
建築家 ヒココニシさん(http://hikokonishi.hp.infoseek.co.jp/)
ベストコーディネートでした! 大変有意義なツアーとなりました。
ツアーにご協力頂いた皆様 改めて感謝申し上げます。
有り難う御座いました。
普及委員会 大村
※ニセコ・余市 バスツアーの写真をHIPA Webサイト Log-In Page に掲載しております。
> Log-In Page(要ID/Password)
2009年7月:HIPA 函館ツアー 報告
駒木定正氏と行く函館近代建築バスツアー
6月12日(金)〜13日(土)函館会員との親睦見学会
HIPA函館ツアー 報告-
交流事業委員会 担当 野村
6月12日(金)
8:30
前日は雨だったので、心配した空模様でしたが、
当日は無事晴れてくれ、12人をのせたバスは出発しました。
函館まで5時間のバス旅行です。
一般の方2名の方が参加してくれていますので、
まずは車内で自己紹介、司会のまずさもあり、苦笑いありの、和気あいあいでのスタートです。
参加者名----
廣重 拓司 北海道日建設計 一 般
米光 研 米光 建築設計事務所 一 般
内村 喜憲 株式会社 東急百貨店 正会員
往田 協子 ニッポーコーポレーション 賛助会員
河村 利枝子 アトリエK一級建築士事務所 正会員
小林 直樹 バリオス・デサイン 正会員
常田 政広 武田建設工業株式会社 正会員
佐々木義則 有)スタジオ未来 正会員
村田 光吉 株)住まいる工房 正会員
福原 裕 株式会社福住 賛助会員
駒木 定正 北海道職業能力開発大学校助教授
野村 光雄 株)デザインミック 正会員
バスの割には乗員が少ない
11:00
函館教育委員会から借りた函館奉行所の説明DVDを車内で放送、今までの箱館奉行所関連のNHK/民放での報道と貴重な古式棟上式、越前鬼瓦の製作技法等の勉強し、駒木氏による明日の見学先のミニセミナーの後、お昼のお弁当タイム、北海道の新駅弁コンテスト2007春のグランプリ受賞駅弁で
札幌〜函館---------福原さん
波多野さん、朝早くお弁当の調達や飲み物の差し入れなど、大変お疲れ様です。
ありがとうございました。
たかが弁当、さりとて駅弁〜何ぼのもんじゃい!と、思っていたのは私だけだったでしょうか?!
うっ・旨い・・・数年前の駅弁コンクール受賞はだてではありませんでした。
野村さんのこだわりに、感謝・納得です。
駒木先生のミニセミナーはメインテーマ箱館奉行所見学の大事な予習時間です。いつもどおり、絶妙なタッチのお話が聞けました。
13:45
箱館奉行所到着
五稜郭北側にある駐車場が現場事務所になっており、そこにバスを乗り入れ
ここから、函館の会員3名、北都建設の方1名、
そしてたまたま函館出張中の五洋建設の松田さんが会社の方2名を引き連れて参加してくれました。
総勢19名での見学です。
参加者名----
函 館
渡部 一生 北渡建設 一 般
大橋 良平 U建築事務所 正会員
林 功 正会員
原 さくら 空間創作OBC 正会員
松田 秀章 五洋建設株式会社 正会員+2名
14:00
現場事務所の一階にて、まず前説です、
株)文化財保存計画協会主任研究員、北海道支部長の木下寿之氏
が自らノートブックを操り、
正式名称 特別史跡五稜郭跡復元整備事業 函館奉行所庁舎復元工事 の概要
を熱く語っていただきました、途中、駒木氏も北海道の近代建築の実測調査を長年やっていますので、非常に的を射た、相槌やら、合の手を入れるものですから、ますます熱弁に拍車がかかり、前説に1時間もかかってしまい(総見学予定時間は1時間半なのに、、)はらはら、していました。
さて、説明に納得した木下氏を先頭に事務所から歩いてすぐの奉行所現場にヘルメット着用して見学です。
現場は、ちょうど見学に良い状態で、天井はまだ仕上がっておらず、小屋組を裸でみられる状態です、--一通り内部をぐるっと説明していただくと、もうほとんど帰りの時間です、3時のせいか職人はほとんどおらず、入れるところは見て回り、最後に集まったところは写真のアングルが見える場所に近いところでした、そこで皆さん質疑等を木下氏と交わしていましたがもう帰る時間です、『名残惜しいですが皆さん時間です』と引導を渡しバスに向かう道すがらも松田さんやら林さん等が木下氏に質問攻めです。
お礼の菓子折りを渡し、お別れです。
箱館奉行所--------廣重さん談
これはモダンであった。越前瓦と柿渋は味のある赤で銅板は黒く、外観は赤と黒でまとめられている。
一方内部は、白木と土壁、畳が黄色のインテリアで、潔い和風の意匠と相まってモダンを感じさせる。
1枚の写真を手がかりに、本物に迫ろうとする設計担当者の説明は、推理小説を読んでいるような面白さと、熱意も伝わり実に迫力があった。さまざまな検証手法もたいへん勉強になりました。
15:45
ここで五洋建設松田さんグループが帰り、大橋さん 原さんは一度戻って懇親会には参加してくれます。
バスは亀田中野町の未来大学へ
16:00
1〜2分遅れて、公立はこだて未来大学に到着
事務局総務課の砂原氏に施設を案内してもらいました。
箱館奉行所とは180度かわって、鉄とガラスとコンクリートでできた建物です。
はこだて未来大学-----廣重さん
今回これが見たくて参加させていただいた。自分が担当した大学施設と比較しながら見学。函館山をのぞむ雛壇状の吹き抜けは圧巻で、この場所・この大学には是非ともこういう空間が必要だったと思わせる説得力がある。活き活きと動き回る学生、机にうなだれて休んでいる学生、すべてがキャンパスのワンシーンで、皆で共有できるのがうれしい。慎重に決定されたモデュールは厳格に守られ、構造を規定し、システムの美しさを堪能できる。一方増築された研究棟は半地下に埋められ、ランドケープと一体となっている。本館の四角形に対して、こちらは三角形がモチーフ。スチールFBで組まれた三角メッシュの壁は、構造体であり、窓であり、壁であって、その姿は、雪がちらつく北国の風景を表現している凝り様で、単なるシステム設計から抜きん出た設計者の力量に感服。やはり設計には遊びこころが必要。)(はこだて未来大学 校舎は大きな吹き抜け空間となっており、各レベルごとにテラス状に床を構成している。上層階のデッキから空間全体を見ることが出来る。南方向に大きなガラス窓から遠く函館山を見る。外部との連続性した解放空間としている。
はこだて未来大学--------小林さん
インテリアとしては、構造体を現したコンクリート、PC、鉄骨、ガラス、床材、吸音を考慮した壁パネルとシンプルなインテリア空間としている。色調は、素材を生かしたコンクリートグレー、鉄骨、壁の白、床面には落ち着いた色調のカーペットタイルを使用している。吹き抜け空間の吸音を床、壁で処理している。電気設備系はIT対応のLAN、大学全体を大型コンピューターで管理している。空調設備は、大空間をコントロールするには苦労しているように思われた。研究棟は、校舎より渡り廊下で接続しており小割りの研究室等で仕切られており壁を利用した採光、意匠に工夫をしている。校舎空間とのスケール違いにチョット驚いた。
はこだて未来大学--------佐々木さん
“未来” という言葉が好きな私が以前から気になっていた函館未来大学へお邪魔してきました。
設計したのは有名な建築家だ。しかも会社名は「山本理顕設計工場」
設計事務所ではなく設計工場というのがユニークだ。
なんとなく未来をイメージできる。
白い郵便ポストがあった。これも未来的である。
圧倒的な開放感がある校舎である。
アメリカ政府組織のオシャレなオフィスを連想する。
こんな環境で勉強できるのが羨ましい。
見学当日は学生もたくさんいた。iMacがたくさんあった。
場所は函館の高台。チャリ通してる学生さんは
けっこう鍛えられるだろう。
今から大学生をできるのなら函館で暮らし、未来大学で学びたいものである。
カードロックのかかった研究室棟まで一通りぐるっと廻っただけで1時間があっという間に過ぎました。
砂原氏に感謝の拍手でお別れです。
17:00
バス移動
17:30
オーベルジュ古稀庵 到着
客室にチェックインの後、懇親会まで時間があるので周りを散策
本日の宿舎オーベルジュ古稀庵、木造和風建築+インテリアは洋風、函館の歴史を感じます。-小林さん
19:00
函館会員との懇親会
一度帰っていた大橋さん、原さんが合流して16名で古稀庵料理の宴会です。
懇親会-----福原さん
古希庵 “ 蔵内 2Fダイニング貸し切 函館会員の皆さんお疲れ様でした。
みなさん素敵な味を出された会話がはずみ、大変楽しいひと時を共有させていただくことが出来ました。
1,先付
2,刺身
3,スープ
4,お肉
5,お鮨
6,麺(塩ラーメン)・・・・・・あまりにも食べっぷりが良かったので、シェフが気をよくして、予定外のおまけメニューがでてきました。
7、デザート
※飲み物はもちろん飲み放題です。2次会は近隣の居酒屋さんです。
現役の遊び人!?往田さんの感に任せて、飛び込みです。
コーヒーを注文した人にもイカの煮付けのお通しがついています。 サスガ!函館!!
翌朝の朝食は。パンも温めてありましたし、コーヒーも1杯ごと落としていただいたようで、わが嫁好みのパンチがきいたストロングこーひーで寝覚める。
6月13日(土)
8:30
今日も天気に恵まれ、スタートです、
第一日目が終わって、ほっとしてちょっと気が抜けています。
今日は駒木先生におまかせモードです。
8:40
宿泊先から近いので、早く着きすぎ、お寺の周りを少し散策。
9:00
天祐寺 見学-----往田さん
今回の函館近代建築バスツアーは個人では決して見ることの出来ない建物と内部で驚きの連続であったが、私は意外性というところで青柳町にある天祐寺庫裏を特に紹介したい。
この庫裏は今ではなかか見ることが出来なくなった落ち着いたたたずまいの建物であるが、それだけでも十分に見学に値するのに非常にユニークな来歴があり、感動した。
聞けば東京・千駄ヶ谷に建っていた紀州徳川侯爵家の本邸の一部だったという。昭和12年に競売にかけられ、先々代の住職が購入し、解体、移築したという。それだけでもその決断と発想に度肝を抜かれるのだがエピソードはまだある。東京では関東大震災の難を逃れ、さらには移築されたことで戦火からも逃れて生き延びることのできた幸せな建物なのである。
二階の襖絵が特に素晴らしいと聞き、上がらせて頂いた。鮮やかな小川が柔らかく座敷の襖に連なって流れていた。その美しさに息を飲んだが、感動はそこでは終わらなかった。縁側の障子を閉めると障子越しに柔らかな光がうっすらと差し込み、往時の暮らしはこんな薄暗くも微妙な明暗が美しい生活であったかと思った瞬間、襖絵がほの明るい輝きを放った。金箔である。障子を開けた状態では気が付かなかったほのかな金箔が浮き出てきたのである。ドラマのような静かな感動が見学者全員に伝わった。
こんなにもドラマティックな庫裏の存在を、何度も建物探訪に函館を訪ねてきた私は知らなかった。
このようなツアーに参加出来たことに深く感謝し、見学を許して下さった天祐寺の方々にも心からお礼を述べたいと思う。
「天祐寺庫裏」--------小林さん
東京代々木上原にあった紀州徳川家の御殿を購入移築したもの 花鳥を描いた襖絵が元の状態で残っており棚などの細工も美しい。 しばし照明を消して100年前にタイムスリップ、障子からの自然光で部屋の襖絵をしばし堪能、菊の花、水の流れ、空気の流れに感動!これが和室の美しさ!空気の温度を感じ、外の音感じ、季節の暖かを感じ、風の流れを感じる。人の感性が高ぶる。
天祐寺-----廣重さん
いささかマッチョな外観は間延びした感じでオヤ?と思ったが、この建物の見どころは内部にあった。
案内された1室には清流と菊の襖絵。襖を締め切り蛍光灯を消して、全員あっ!となった。障子を通したやさしい光が、陰影礼賛の世界に金色の菊を見事に浮かび上がらせた。こいうことだったのかと、息を呑まずにいられない。光の入れ方とそれをどう使うか。もう一度自分の仕事を見直さなければいけない。
10:30
函館八幡宮 旧社務所貴賓殿見学
とにかく屋根が美しい。優雅な曲線は極めてセクシー。----廣重さん
「函館八幡宮」社務所見学、屋根の美しさに当時の棟梁達の意気込みが感じられます。----小林さん
11:00
弥生小学校、中華会館 散策
当初は弥生小学校から昼食会場の五島軒までゆっくり歩いて建築散策と思っていたのですが
八幡宮 旧社務所貴賓殿の玉座や漆塗りの雪隠等、興味深く見学していますと、
すぐ時間がなくなり弥生小学校近辺を散策後すぐバスに乗って五島軒です。
11:30
五島軒で昼食
12:30
東本願寺函館別院 メインは天井裏
東本願寺函館別院の小屋裏を見れたこと
(函館会員) 林 功
「駒木定正氏と行く函館近代建築バスツアー」のご案内の中に東本願寺別院があり
「特別に天井裏迄見せてもらいます、鉄骨小屋組」とありました。
函館に住んでいても、この機会でなければ見る事はないだろうと思いました。
それで、このツアーに函館から参加することにしました。
時々、見ているはずの建物ですが、駒木先生の説明で、我が国初の鉄筋コンクリート造寺院建築(国指定重要文化財)で大正4年(1915)の建築であること。そしてこの函館に現存していることを再認識させられました。
小屋裏については、駒木先生の解説に『鉄骨小屋組は、和小屋の束と小屋貫からなる井桁状の構成と酷似している。束は桁行方向の梁上端に柱脚を設けて母屋まで垂直に立ち上げ、貫に相当する水平材は4段に組み、交点に方杖を添えてリベットで接合する。屋根面はメタルラスで挟み「シンダーコンクリート厚二吋」を打ち込む仕様である。』とあります。
思ったより大きな小屋裏空間で、びっくりしました。2階建の家がすっぽり入るように思えました。
小屋裏を見れて良かったの一言です。
東本願寺函館別院--------小林さん
真宗大谷派函館別院本堂は、大正4(1915)年に竣工した我が国初の鉄筋コンクリート構造の躯体と鉄骨小屋組による本格的な寺院建築である。また、同時に正門と鐘楼も鉄筋コンクリートで建てられた。東本願寺函館別院の天井裏へ鉄骨造の小屋裏、この時代の鉄骨はリベット打ち、狭い場所は、ボルト、ナット接合でした。鉄骨は、なんとH型鋼材とリップ鋼材で組み立てられている。RCの小梁巾600mm断面は、T字型をしている。余談ですが写真には、当時の職人さん?の記録が沢山書かれていました。大きなオーブもいっぱい写真に写っていました。
13:30
自由時間
今まで時間に管理されていましたので、
ふっと、、放流。
-------皆さんあっという間にどちらかへ、、-------
昨晩の懇親会のときに仕込んだ情報-----福原さん
函館会員原さん一押しのラッキーピエロとハセストを教えてもらう。
チャイニーズバーガーと焼き鳥弁当(豚肉)が味・ボリューム・値段ともにGOOD!
2時間前に五島軒で昼ごはんを食べたばかりですが、ビールとラッキーバーガーと焼きとりはやはりベツ腹か!原さんの情報は正しかった!
15:00
オーベルジュ古稀庵集合
バスはヨサコイでにぎわう札幌へ帰ります。
おや、いつの間にかバス後部がサローンに変わっていますよ。
参加者だけがわかる釧路しつげん?あざらしい!?-----福原さん
帰りはバス後部座席をサロンにし大宴会、親父ギャグ大爆発です。
車中メニュー
1)大黒通り商店街 上村鮮魚店 「魚屋さんのコロッケ」・・・うまい!
2)自由市場 イカ刺し+たらのこぶジメ
3)生ハム
4)宝来町 魚政 「アンコウともあえ」 通好みの一品
5)遠山商店 お勧め日本酒 一升瓶1本・四合便本 赤ワイン1本
※上記は原さくらさんが翌日朝から時間を費やしすべて調達して下さいました。
はし、コップ、皿、オシボリ、醤油や生姜、おろし金までも準備 さすが通はちがいます!
プラス調達の白ワイン2本も・・・完全枯渇!
今回不参加の鈴木ツアーマネージャーからの差し入れの柿ピーやお菓子は、最後まで重宝しました。
※手振れが直らないまま無事に帰札!皆さん大変すてきな時間を共有させていただき、誠にありがとうございました。
駒木先生をはじめ原さん、皆さんに大感謝!
函館バスツアーによせて-----大橋さん
数年ぶりに札幌の会員の皆様と
お会い出来た事が一番の収穫でした。
「デザイン」という共通の感覚が、心快い
見学会となり、交流の大切さを知りました。
函館は今年、外国に港を開いて150年
時の職人たちが、押し寄せる海外文化の
ハイカラ志向に、いかに立ち向かったか、、、、。
世の中が大きく変わる今、プロとして変えて
はならないものを、新ためて考えるツアー
でもありました。
人生のデザインも、そろそろ仕上げなければ
と思う今日です。
皆様のご健闘を祈ります。
プランナー協会ってすごいな〜!------渡部さん
先日はツアーに参加させていただき、ありがとうございました。
見学会・懇親会共にとても充実し、楽しかったです。
“今回の感想文を” ということでしたので、とっても・とっても苦手ですが、
今回のツアーの感想を書かせていただきます。
感想文
今回、初めてインテリアプランナー協会のツアーに参加させていただき、函館奉行所・
未来大学・懇親会に同行させていただいたのですが、どこもきちんと段取りされており、
“プランナー協会ってすごいな〜!” というのが一番の感想です。
山本理顕設計の未来大学を見学させていただき、“ 気持ちよい空間のためには多少の
不快的な要素(室内温度の維持・学生の集中力の継続等)は我慢しよう” 精神がとても
わかる建物だと感じました。集中力の継続は重要要素かもしれませんが。。。
社会人になる前の準備段階として、未来大学のような非現実的な建物で学習できることは
学生にとって貴重な経験になると思いました。
細かい納まりで関心する場所の多い函館奉行所とは違い、未来大学は全体のスケールで
驚かされた建物でした。
インディジョーンズkomaki氏!?------米光さん
この度はすばらしいツアーを企画していただき本当にありがとうございました。
内容には大変満足しております。願わくば、もっと沢山の一般の方達にも見てもらいたいものだと思いました。
「函館八幡宮社殿の屋根のラインの美しさにはしびれました。屋根を掛けれなくなった今の北海道の敷地環境や建築文化って本当に雪国らしい在り方なのかしら。時蔵氏に負けないようにがんばりますっ。
あと、フリータイムでインディジョーンズkomaki氏(東本願寺の小屋裏に登る氏を見てから、私の中ではこう呼んでいます)に連れて行ってもらった来来軒は自分的にはヒットでした。
ご存じない方の為写真貼付。こんなんです。しびれつつ笑えました、店内を流れる滝には。
色気もあります。調べたら当初はナイトクラブだってとか。今度行った時は定番の塩ラーメンをぜひ食べてみたいです。
今回は貴重な経験をさせて頂いて皆様には心から感謝致します。ありがとうございました。
参加された皆様おつかれさまでした。--------小林さん談
函館ならではの歴史を改めて感じ、新旧の建物を視察することで時代の変化を感じ取ること、改めて建物の構造と素材、インテリア空間の構成の大切さを感じさせられました。これからの建築設計、インテリア設計に良い影響となれば幸いです。参加された皆様おつかれさまでした。
20:30
札幌帰着
皆さんおつかれさまでした。
私のつたない企画につきあっていただき有難うございました。
佐藤事務局長、アシが出て申し訳ありませんでした。
会員専用「Log-In Page」にも写真が有ります。
> Log-In Page(要ID/Password)
2009年5月:愛知・岐阜・石川・福井県の旅・体験記
総務委員会:水島弘子
愛知・岐阜・石川・福井県の旅・・・体験記。(長文です)
この度、インテリアプランナー北陸大会に便乗して4県を 勢い で駆け巡りました。
どこもここも一日ずつの滞在です。(それぞれ二日は欲しかった・・・)
北陸大会は4/11・12の2日間でしたが、それよりも2日早い9日に千歳から飛び立ち定刻よりも10分早い9:50にはセントレア国際空港に到着。初日は名古屋を満喫?です。
到着した時には名古屋の取引先の方がお迎えに待機していてくれて、私の行きたい所を一応くまなく案内していただきました。その内容も現地の人に言わせれば「無謀」の一言に尽きるのだと思いますが、できるだけ希望を叶えるべく一日車での案内でした。(JR移動は余計に時間が掛かるとの事)
これがお姫様旅行と言われるきっかけです。(笑)
希望した先は、名古屋の取引先3軒(今回の案内人も含む)と有楽苑(ここだけは絶対!)・犬山城・明治村・名古屋城です。
顔を合わせるなり、挨拶もそこそこに「時間がないからまずは移動しましょう!」と先導され車に乗り込み、今日のスケジュールは・・・と説明を聞きましたが、私としては「お任せします」としか言いようがなくすっかり甘えてきました。
名古屋へ来たならここは絶対に見て下さい。と言われ向かった先は輸入された丸太の貯木場です。
広大な敷地に僅かな丸太。。。これが今現在の日本の在庫です。と言われた瞬間、こんなにも枯渇しているとは思ってもいなかったためショックを受けましたが、反面今ある資源は大切にしないといけない、と実感しました。特に長くて太い丸太は本当に見当たらない・・・入手困難な状況で材の安売りは出来ない!とも思いました。
アフリカ材の山、と言うより列と言うほうが適当なほど少ない。こんな列が5列ほどしかない。
続いて向かった先が、これらの丸太を製材する木工場です。
木心庵に在庫している、長くて太い材はここで製材してもらいました。(11m×Φ1.2m)
名古屋でも木工場が減少していく中、ここは生き残る!といわれるほどの会社です。
工場へ一歩足を踏み入れてその言われを目の当たりにし実感しました。
材料(丸太)の扱いが違う!!それを見るなり開口一番「丸太の扱いが良いですね〜!!」と案内の人に歓喜の声を上げてしまいました。それが嬉しくて気分も上々です。
何が違うか?とても簡単で単純なことと思うのですが、それが身に付いていないとなかなか出来ないらしいのですが・・・
丸太を製材している途中にどうしてもしなくてはならないのが、丸太をひっくり返すという作業です。短く・そう太くない丸太は「かけや」を使って人力でも返せるのですが・・・長くて太いとそうは行きません!
この返すという作業の時に電動のクレーンを使います。と言うことは・・・丸太を吊るための玉掛けが必要です。ここがポイント!!クリップのように鉄の爪で挟み込むのか、ワイヤーロープを巻き付けるのか、この二つはほとんどの木工場で使う普通の道具です。と言うことは・・・鉄の爪が差されれば当然 傷 になります。ワイヤーロープも重量が大きければめり込んで 傷 になる。
今まで製材してきた木工場は鉄の爪をガッツン・ガッツンと打ち込みます。それを打ち込まれた時は思わず・・・目を背けてしまいます・・・せっかくの材に傷が付く〜。(泣)爪掛けも一回で済めばまだ軽傷ですが、掛け方が悪いと何度も何度も・・・その度に 泣・泣・泣 です。心の中では、何やってるんだ下手くそ〜。と叫んでます。(笑・でも笑いごとではないです。)
しかし、この木工場は違っていました!布のバンドで吊っているんです。このバンドを見て歓喜の悲鳴を上げてしまったわけです。このあと、ここの専務さんとお話をしましたがやはり「材に対する思い」からこの方法に変更したそうです。でもまだまだ職工の身に付いていないので、ちょっと目を離すと昔の癖がすぐに出る。と笑っていました。

バンドで吊られる欅:荷主さんが
これから何をどうとるか悩んでいました。
マストが5本。長材を挽くには必要不可欠。
しかしこの専務さん顔は老け顔だけど何歳なのかしら?と思って聞いてみると・・・なんと43歳!
若い!!木工場の閉鎖や職工の高齢化・・・先の暗い話しか聞こえてこない業界にこんなに若くて頼もしい人が居たなんて!!これもまた嬉しく、気分上々♪天気も上々♪来て良かった!と思った瞬間でした。話もこれから花が咲きそうな時に案内の人に「さあ、水島さん次へ・・・」との号令が。丁度昼食の時間になったので退散。
案内の方に導かれるまま昼食へ。この昼食も、何を食べたいですか?とリクエストを聞きたいところですが時間がないのでこの近所で済ませるもので勘弁して下さいね。
と言う訳で、近所の喫茶店でパスタランチです。(美味しかった!)
でも傑作なのが、時間がないと言いながらランチしながらのお喋りに一番時間が掛ったような??
案内の人の倉庫など在庫を見せてもらいながら、3軒目の取引先へ・・・ここに着いたのが14:05で水島さん、僕はちょっと用足しに離れますけどお迎えは14:30で良いですね!と念押し。
ここは、建材屋さんみたいな所だから長居は無用なのでOK!です。と言う訳で14:30にお迎え。そして、ここからが観光の始まり!!いざ犬山城へ!!その途中案内人の別倉庫を見せてもらい、有楽苑到着が16:30。意外と遠かった!!閉門まであと30分で見れました。国宝茶室「如庵」
おまけにお茶を一服いただいて・・・写真を撮っていて ふ と気がついたことが一つ!
中には入れてもらえなし、覗き見れるのは一ヶ所だけ・・・そこから撮影するアングルって結局?「本の写真と同じだ〜!」 と言うことです。泣
如庵内部
突き上げ窓と扁額
後ろに犬山城
有楽苑の庭
続きは、以下のPDF書類にてご覧ください。
> 愛知・岐阜・石川・福井県の旅・体験記(約1.2MB)
2008年6月:銭函地区と共にインテリアプランナーの普及もする白鳥委員長。
小樽市銭函地区の新しいシンボルに―と、
同地区に住むインテリアプランナーの白鳥孝さん(39)が、
モニュメント「 ゼニキューブ 」を考案した。
銭函のローマ字表記 「 Z E N I B A K O 」の
「Z」と「N」を組み合わせた立方体の作品で、
材料はリサイクル原料使っている。
2008年3月26日北海道新聞 小樽紙面にて
記者 桜井則彦さんが書き出しておりました。
2007年6月:JIPA第8回全国大会in九州に行ってきました
JIPA全国大会in九州のご報告
HIPA参加者 杉山、河村、北川、土井、吉本、野村の6名
スケジュール概要
日時 6月2日 15:10 セレモニー
15:30 JIPA全国大会 記念講演
18:30 交流会 ざうお本店(糸島半島)
会場 「アクロス福岡」福岡市中央区1-1-1
前半は『野村』後半は『吉本』にてご案内します
◆6/2(土)全国大会1日目
杉山さんとは別々に 前日乗りこんで一人博多に・・・同じ支店経済の町でも札幌とはちょっと感じが違います。
町がぎゅっと詰まっていて、どこに行っても活気があります。二人とも午後に着いたので、夕方待ち合わせをして博多天神あたりを散策、イルパラッツオ、キャナルシテー 等を見学したあと、会場となるアクロス福岡へ準備中のNIPAの会員さんたちに挨拶の後 会長伊関さん 永野さん荒木さんと打ち合わせがあり中州へ・・・・全国大会の前日、博多の一日目は終わりました。
当日になって、杉山さんは 記念講演の前にJIPAの臨時総会があるので、私一人、太宰府天満宮、九州国立博物館を見学へ、お昼は長浜へ本場とんこつラーメンとは?いかがなものかと少し町の外れにあるのですが足をのばしてみました。午後からは会場へ、、、札幌を今日朝早く発ってきてお疲れ顔の河村会長、北川さん、土井さん、吉本さんたち(以下おばさんたちと略)と合流して、会場へ。杉山JIPA会長の挨拶など一通りセレモニーが終わった後、いよいよ 水戸岡さんの記念講演。 前口上が面白いです、『このような沢山の方達の前でしゃべるのは苦手です、講演台というのはよくできていて、僕の足が震えているのを隠してくれるようになっているのですね、』と、人前でのお話が苦手な私のハートをぎゅっとつかみましたね、ところが、聞き入っていますと、話が苦手なんて真っ赤な嘘で、うまくてうまくてつい乗り出して聞いていました。僕はツバメのデザイナーの水戸岡さんについては こちらへ http://ja.wikipedia.org/wiki/水戸岡鋭治
記念講演が終わると会場前から大型バスに乗り、博多から糸島半島へ蒙古塚、元寇防塁の横を通り、海釣り公園近くの交流会の会場、窓から海が見え夕日が美しいという、ざうお本店へ、ここでは我がHIPAのおばさんたちは大人気です、どうもHIPAは女性で保っているという雰囲気があります。杉山さんさえ相手にされません、北海道での全国大会で女性が一生懸命だったからでしょうね。ちなみに今回の地方参加の員数が一番多いのは北海道の6人でした、東京が浦さんが当日になって来れなくなり、5人の参加です。
北海道では珍しくないのですが、博多も海の町です、烏賊がおいしいですよ、とさかんに勧められました。珍しい焼酎も差し入れられ、各地の協会の楽しい挨拶があり盛会のうちに交流会は閉会し、中州で高級クラブを格安で用意していますからという二次会の誘惑を断り、疲れているおばさんたちがホテルに帰りたいというので仕方なく、中州の屋台でラーメンを食べ、おとなしく、一日目の夜は終わりました。
以下吉本さんに続く。
◆6/3(日)全国大会2日目
野村さんからバトンを受けて全国大会2日目『福岡・長崎の建築見学と美食を探索する研修会(?)』の報告です。
NIPA会員のお二人、福岡県飯塚市の荒木さんがドライバーを、長崎市の伊藤さんが長崎市内案内を引き受けて下さり最高の長崎巡りとなりました。
HIPAの参加メンバーは河村さん・土井さん・野村さん・北川さんそして私吉本の5名です。福岡を出発し佐賀・長崎にまたがるハイウエイを約1時間30分、途中休憩は眼下に広がる大村湾の絶景所。南国の風を感じながら長崎名産「びわ」(生産全国一)のソフトクリームは最高の美味!
いくつかの長いトンネルを抜けるとそこはもう長崎市。
「長崎は今日も雨だった」の期待感(?)に反して今日の長崎の空はやや晴天なり。
至る所に市の花「あじさい」が爛漫に咲き誇り情緒あふれる街により一層の趣を加えています。
長崎はこの時期、市民参加型の「長崎さるく」が開催され「さるく」とは街をゆっくりぶらぶら歩くという意味の長崎弁だそうで、ボランティアの市民が観光客を優しく導いてくれます。市民が自分の街を知り参加することで長崎観光の新しいスタイルを生み出そうということです。この街は人を惹き付けてやまない魔法のようなものがあって人の温かさを感じます。
見所いっぱいの長崎を、愛と平和のエリア・異国のエリア・歴史のエリアとお二人に順次案内戴きます。
■ 愛と平和のエリア・・国立長崎原爆死没者追悼平和記念館
設計は栗生明総合計画事務所。原爆による犠牲者の追悼と被爆体験を後世に伝えて行く為、平成15年に開館。
追悼空間には12本のガラスの柱が存在し、その奥に原爆で亡くなられた方々の名簿が納められ、この柱が建ち並ぶ方向は落下中心地を指しています。
ここは祈りの気持ちをささげるにふさわしい神聖な空気に包まれて、一滴の水も口にできず力つきていった人々に追悼の意を捧げる為、至る所に「水」が湛えられています。
「これらを見学し『知る』ことの意義と、忘れてはならない原爆の悲惨さ、平和の尊さを感じてください。」長崎で生まれ育ち原爆に苦しむ多くの人を見てきた伊藤さんの言葉が残ります。1945年8月9日午前11時2分この時刻を指し歪んだ時計が悲しみを訴えています。・・・・・・・・・・合掌
■ 異国のエリア・・
★ 長崎県立美術館は 隈研吾都市建築設計事務所の設計。
美術館の外観はルーバー(縦格子)に覆われ三方はガラスのカーテンウォールで囲みナチュラル色の床材の色調が温かく開放感あふれる雰囲気。そのガラス張りの壁の向こうには長崎港が・・・・・水辺と自然と建物が一体となり実に居心地の良い美術館です。
★ 新地中華街は横浜・神戸と並ぶ日本三大中華街の一つ。
地元の伊藤さんイチ押しは「江山桜(こうざんろう)」店、ここでランチタイム。
野村さんの切望だった本場「長崎チャンポン・皿うどん・炒飯」をいただく。
中華街各店それぞれ工夫があるそうですが、ここはこってりでまろやかな濃厚スープが一度食べたら癖になる。やはり本場は違うと全員が絶賛!
さらに「崇福寺」や日本最古のアーチ型石橋の「眼鏡橋」など回りは国宝・文化財の宝庫です。
★ 出島・・・・鎖国時代、唯一西洋に開かれた貿易の窓口だった「出島」。
その出島は、明治以降周辺の埋め立てが進みその姿を消していたそうですが、その歴史的価値を未来に残そうと周囲の建物も移設する等、壮大な出島復元事業が進んでいます。現在、復元建造物の一部でオランダ商館員の出島での生活等、誰にでも分かりやすく再現されていて数年後にはあの扇型の出島がよみがえるのだそうです。
さらに「長崎さるく」の一行は町家の風情ある佇まいの中小路を通り丸山遊郭方面へ。丸山は小説「長崎ぶらぶら節」の舞台であり、あの「長崎は今日も・・」の歌詞
♪♪夜の丸山たずねても〜 ♪♪♪・・・・
その丸山の史跡「料亭花月」は坂本龍馬や幕末の志士が芸妓の魅力にひかれ何度も遊びに訪れたとか。海外貿易港で栄えた長崎には京や江戸とは異なる独自の花街があり芸達者で器量良しの芸妓が多かったとの話。なるほど長崎人はもてなし上手で美人が多いと言われるのはそのような遺伝子もあるのでしょうか。
歌謡曲にも数多く歌われる「思案橋と思切橋」、今は橋の欄干が名残を伝えます。
遊郭を前にして「行こうか戻ろうかの思案橋、あきらめて帰る思い切り橋」と伝えられる色香漂う地域です。
長崎と言えば南蛮渡来のカステラ。カステラの老舗福砂屋本店にて濃厚な「五三焼きカステラ」を購入。普通のカステラは卵黄:卵白が1:1なのに対して卵黄5卵白3の割合で作られる金色の高級品。なんでも坂本龍馬はカステラ好きだったそうで丸山の坂道をカステラ頬張りながら歩いたらしい・・・と案内誌に紹介がありました。
■ 歴史のエリア
★ 長崎歴史文化博物館・・・・江戸時代、幕府の長崎奉行所判決記録集「犯科帳」につづられた裁きの中から、ユニークな事件をボランティアによる寸劇でその様子を紹介、観客も参加で江戸時代にタイムスリップです。
「長崎くんち」のお祭り行事の一つ「庭見世(にわみせ)」は供物を披露し家の奥まで解放して見せ、キリシタンではないことの証を立てることの意味があったとの由来を知る。西洋の文化・唐の文化・江戸の文化の長い歴史の積み重ねが何度も訪れてみたくなる長崎の魅力となり人を惹き付けてやまないことを再認識したのです。
短時間で充実した長崎市内を満喫できた私たちは長崎駅で、お世話になった伊藤さんと荒木さんに別れを告げ福岡に戻ります。
■ JR九州 特急「かもめ」
博多までの帰路は昨日の水戸岡氏のセミナーでの長崎本線885系『白いかもめ』に乗車し体験学習です。
列車の乗降口には墨書をあしらったギャラリーや旅する人を十分に楽しませる為の、リビングのような車内演出。内装に自然素材の木をふんだんに使用し、荷物用ハットラック(航空機と同じ蓋付き荷物棚)がスマートで使いやすい。
黒い革張り椅子のそのゴージャス感はまるで飛行機のファーストクラス?
普通の特急料金で・・・優雅な雰囲気です。
昨日の水戸岡氏のセミナーでの話より・・・
「JR九州の列車をデザインした車両の中で僕が好きなのは『白いかもめ』です。
この列車で特にこだわったのは革張りの椅子です。革を使うことに懸念の声もありましたが、デザインが一定以上のレベルに達すると、乗っている人に一種の心地よい緊張感が生まれるのでいまだにひどく傷つけられたという話は聞いていません。デザインと共にコストを抑え知恵を絞り出すのがデザイナーの役割です。デザインは公共のため、デザイナーは公僕でサービス業です。」
長崎から博多まで、あっという間の1時間50分「かもめ」の旅を満喫、博多に戻った私たちは更に個性的な建築群を見て回りエネルギッシュな街を堪能したのです。
>写真は会員専用「Log-In Page」にあります 
2006年3月:本当になったバスツアー
クラレインテリア株式会社 北海道工場
開発課 渋谷あずさ
まず、今回のツアーを実現してくださった方々に感謝とお礼を言いたいと思います。
あらためて思ってみると、室蘭という街をあまり知らない事に気づき、少し肌寒い中、ワクワク気分で札幌駅に到着。バスについてみると、プランナー協会さんのツアーということで初めてご一緒する方、久しぶりに会うかた、そしていつものメンバー等‥
そうこうしているうちに、海の街らしい坂の多い街並みへと・・・
今回は普段拝見できないところの見学コースなので貴重な一日となりました。
(株)日本製鋼所 室蘭製作所
瑞泉鍛刀所
日本にいながら、また、日本人でありながら、普段はあまりまじかで見ることのない日本刀。それを、この、北海道で作刀しているということに驚きであり感激でもありました。
資料館に置かれている貴重な展示刀。微妙な反りの具合の物から反りのない物と刃紋の美しい物と、けっして広くはない資料館に貴重な品々。
鍛刀所に移動すると、思ってもいなかった若い作刀をする方。はがねの事から、刀の波紋のこと、刀の反りの違い等等、詳しい説明をしていただき、おまけに、実演で刀をうってくださったり、刀をもたせてもらったり感激の体験もさせてもらいました。
何故この世界に・・・?という質問に「物作りが好きだったので」という答えを聞き、普段若い人の少ない職場にいる私にとっては、とても新鮮でホッとする言葉を聞いたような思いです。
瑞泉閣
2チームに分かれ見学をしていた私たちは鍛刀所の次に、大正天皇が皇太子在位の際ご宿泊される為に新築されたという瑞泉閣に移動。洋館部分の表から見える部分は神戸の洋館を思わせる趣でした。和室、洋室からなっておりそれぞれの部屋からも見ることの出来る庭、室蘭の街並みと美しいものでした。幾度かの修復を経ているとはいえ現在も迎賓館としようされ、当時のものが保存されているのは嬉しくおもいます。
ただ、保存されているという事でないことに。
照明器具、暖炉、調度品など当然ながら興味をひかれるものばかり。そして説明されていた方のお話と。この瑞泉閣には多くの歴史に関係する人々が関わっていたというもの知られていないことのひとつでしょう。
鍛刀所、瑞泉閣とすっかり予定時間をオーバーしながら、(株)日本製鋼所さんの誇る世界最大級の14,000tのプレス見学へと。先の2箇所とは全然異なる物にまた、ちがうテンションの私たち。工場への移動途中に見える大きな鉄のかたまり(?)、構造物。
プレスの所では、どの位あるのでしょう、数メートルの直径の円柱形の鋼材をプレスにかけるところ。何になるのかとお聞きしたら、おそらく、人口水晶のかまになるのではという事でした。
日本古来の歴史のあるもの、貴重な建築、現代の技術の一端とこの午前中に時代の流れを様々な角度から早足で体験したような気がしました。
時間の押してる中、楽しみのひとつ。昼食へと。お昼は室蘭ホタテづくし。う〜ん、満足!!
みたらの杜
奥山氏設計のみたらの杜へ。併設された美術館、明るいおだやかな館内。一室一室という仕切りより一軒一軒という作り。中には居酒屋スペースと、極力施設という雰囲気を意識させない空間となっていた。病院的な無機質なところとは違い自分をそこに置き換えたとき、安らげる時間をもてるのはと考えた時、入居待ちの人が多いという事の納得しました。
恵山苑
明治42年に建立された(株)栗林商会の迎賓館。個人の所有という事で普段はなかなか見学出来ないという事で大変期待し楽しみにしていた所です。
門からのアプローチを過ぎるとごう天井のある玄関へと。おお!と感嘆の声を聞きながら、発しながら説明をして下さる座敷に入ると、なんとモダンな襖の絵柄。仏壇部分の折り戸も同じになっており、なんともいえなく美しいものです。高台に建てられている恵三苑ですが材料をどうふもとから運んだのか、廊下を通してある梁等、かなりの苦労があったのではと考えられる。午前中の瑞泉閣に続き和室、洋室と財も材もつくし建立されている。各部屋に置かれている数々の家具等も時代を感じさせ、美しいモチーフのものである。その中でもお部屋にある噴水。今は使われることはないようですが、チョット、イタリアっぽい(?)噴水。是非、水が出ているところを見たいものです。
管理をなさっている方のお話だと、天井が高く、とにかく広いので、なかなか温まらないとの事でしたが、お風呂はかなり熱いお湯がでて、冷えることはないとの事。古い建物、全般に言える事でしょうが、こうして見学に行かせて頂く私たちは、本当に貴重な物を拝見させて頂き、勉強させてもらいますが、維持・管理をしていくのは大変な事でしょう。
しかし、ひとつでも多く貴重なものを、貴重なエピソードとともに残して頂きたいと思います。
今回はまだまだ雪がやっと溶け出した時期で、お庭のほうはまだまだでしたが、春、夏秋と素晴らしいとの事。もし、拝見できるなら、その季節おりおりに、お庭でゆっくりした時間を過ごさせてもらいたと思いました。
ミネルバ病院
伊達に移動しまだ、引渡しがすんだばかりという、情緒障害時の為の施設と学校の見学。病院施設のほうは藤本壮介氏の設計。白い箱を基調とした印象的な建築。
直接、設計者のお話も聞け、建物のコンセプト等も聞けたので、ただ見学させて頂くだけでは気がつかないことまで知る事ができました。
学校のほうは「みたらの杜」の設計の奥山氏によるもの。病院施設とは、また、印象がちがう建物。こちらは木と色の印象が残りました。白い空間の後に見たせいでしょうか。
学校のなかで、のびのび、いろんなものとふれあっていけるようになればと、感じます。
今回の研修でご苦労してくださった方々には、感謝いたします。
本当にご苦労様でした。そして、楽しい研修をありがとうございました。
今回いけなかった「全国グッドトイレ10」に選ばれたという入江町に行ってみなければと・・・・
2006年3月:幻ではなかったバスツアー
普及委員会:松田秀章
交流・事業委員会が主催された「バスツアー」に行ってきました。
本当に、こんなに沢山廻るのかなと思っていましたが、見事な運営に驚きました。準備も含め、加藤さん、内村さん、谷内さん、菊池さん、常田さん、そしてネットワークの広さを見せつけたツアーコンダクタの鈴木さん、他皆さんに感謝いたします。 (名前の出ていない方、すみません)
バスは、ほぼ満席に近い状態でした。渡辺さんの隣の席が空いていたため、合い席をお願いしました。行く先々で、渡辺さんのバックから、色々なものが出てくるため、まるで「玉手箱」のようだと思いました。いつも、こんなに「もの」を携帯して歩いているのでしょうか?私の鞄にも色々入っていますが、レベルの差を感じた次第です。
バスは高速にて、一気に室蘭に向かいました。車内では、自己紹介が続きます。隣席では、渡辺さんが、皆さんの似顔絵を描いています。特長を良く捕らえていますね。思わず、吹き出しそうになりますが、コメントは、控えておきます。
天気に恵まれて良かったですね。あと、1日遅かったならば、まるで別なツアーになったと思います。本当に、みなさんの行いに感謝致します。白鳥大橋を渡る時、下海が非常に美しく見えました。ただ、隣席は渡辺さんです。。(すみません、お互い様ですね)
初めに、日本製鋼所室蘭に到着しました。まずは、「瑞泉閣」と「瑞泉鍛刀所」です。その前に休憩したホールでの家具に皆さん、カメラ、カメラでしたが、私には良く判りませんでした。ただ、縁がせり上がったテーブルには感心して、私もカメラしてしまいました。
2手に別れました。松に囲まれたインターロッキングの路をゆったりと上がって行くと、滅多に見ることはできないと言われる「瑞泉閣」です。明治44年に、大正天皇が訪問されたときに、宿泊所として新築された、洋館199m2、和館(パンフレットには和風建物と書いてあります)303m2の建物で、昭和天皇はじめ幾多の皇族が使用したという、とてつもなく由緒ある建物だそうです。
見えてきたのは洋館のベランダです。その先の屋根からは、煙突が3本見えています。さらに奥に廻ると玄関がありました。。「瑞泉閣」と書かれた提灯が両脇にある、思いっきり和風な門構えです。
>http://www.iburi.pref.hokkaido.jp/kanko/mokuteki/rekisi/koujyou/seikohjo/main.html
玄関を入ると、「日本製鋼所」と書かれた額がありました。明治の元勲、伊藤博文直筆だそうです。みなさんご存じの様に、貧農の子に生まれて、吉田松陰に開眼され、幕末を生き抜いて、初代内閣総理大臣となり、最後は暗殺されたという、超波乱の人生を送った人です。意外と知られていませんが、ほとんど意味のない時期に、自分の名を上げるため、国学者を惨殺していますね。それでも、お札の顔になるのですね。奥には、日本海海戦の東郷平八郎の額もありました。思わず、司馬遼太郎してしまった次第です。
説明してくれた方が、素晴らしいですね。殆ど礼服に近い正装で、きっちりと説明してくれました。貴重な経験をさせて頂きました。ところで、伊藤博文が購入したという、超巨大な「硯」が置いてありました。長辺で30cm以上ありましたね。どうやって使うのだろう。。。。
次は、私の本日最大の目的である、「瑞泉鍛刀所」です。建物は、昔を想い出す、下見板張りの平屋の小屋です。玄関も細い注連縄(しめなわ)と紙垂(しで)が下がっているだけで、ちょっと寂しい気分です。
硝子戸をガラガラと開けて中に入りました。ここで携帯が振動しましたが、無視して中へ。
何もかもが黒く染まった、薄暗がりのなかで、白装束のお兄さんが、赤々と燃えた炭のさらに奥の、土間を堀り込んだ中で蹲っています。「オ! 刀匠か!」 感動ですね。でも、若いな。。。
どうも自分が年のせいか、叔父さんでないと納得できなくなっているようです。<携帯がうるさい>
鋼材のブロック(長さ10cm程度)を鍛錬する実演を見せて貰いました。てっきり、大ハンマーで、交互に叩くのかと思っていましたが、機械があるのですね。丁度、産業革命後に発明された様な、鍛錬する機械です。刀剣を最終仕上げする段階は、大ハンマーで叩くのかな。しかし、はさみの親玉みたいなもので、鍛錬される鋼ブロックを押さえているのですが、凄い精神力です。素人では、多分押さえきれないな。。
質問時間です。値段を聞く方がいました。良い質問ですね。研ぎも入れて、1本100万程度だそうです。思いの外、安いと思いました。1本作るのに、3週間程度かかるそうですから、厳しいですね。1本、欲しいなあ。
刀は、焼きを入れるために、伸縮率の差で反りができるそうです。それでは、直刀はどうやって作るのだろうと聞いてみました。なんと、逆に反りを入れて、背を丸めて、作るのだそうです。そうすると、計算通りに真っ直ぐになるとのこと、驚きました。ここで、また携帯が振動する。
諦めて、外へ出ました。アーアー。。。
そして、日本製鋼所の工場見学です。撮影禁止ですよ。見学のためのキャットウオークから工場を眺めると、頬が熱くなります。数十メートル先に、直径2〜3m、長さが20m位の鋼材がクレーンで吊されています。まるで丸太の様に見えるのですが、表面温度が下がっただけの灼熱の巨大鋼棒なんですね。すぐ横に工員がいるのですが、信じられない。
みんなが見ている視線の反対側では、赤く燃えた巨大鋼棒が、巨大ハンマーでゆったりと叩かれています。迫力あるなあ。と、思っていると、下の方から、真っ赤な鋼の固まりが、いくつも現れてきました。圧倒されますね。記念写真を撮りたいところです。
日本製鋼所を後にして、私には懐かしい室蘭プリンスホテルにて昼食タイムとなりました。豪華なホタテづくしでした。どうも、みなさんお腹がすいているみたいで、ホテルの人の料理を持ってくるスピードより、お腹に入るスピードが勝っている様です。この辺りは、かつて賑わった室蘭の商店街ですが、シャッターが降りている店が目立ちましたね。
次は、室蘭の半島の先、絵鞆にある「みたらの杜」です。
>http://www.koseikai-wel.or.jp/mitara/mitara-tokuyo.htm
設計をされた奥山さんが、みずから案内をしてくれました。定員124名+ショートスティ16名の大きな介護老人福祉施設です。みなさんは、介護老人福祉施設と介護老人保健施設の違いを知っていますか?沢山、違いがあるのですが、前者は老人福祉法、後者は介護保険法に基づくものです。詳細はまた、後日。
施設全体にバンブーフロアー(竹のフロアー)が使われているのには驚きました。奥山さんに値段が幾らだと思うと聞かれましたが、見事に外れました。しかし、ここまで大面積で使われている施設は、そう無いだろうと思います。中国製のバンブーフロアーだそうですが、少し収縮率が大きいようです。
併設の美術館には驚きましたね。市民ギャラリーとの事でしたが、レベルの高い日本画が沢山飾ってありました。(後で判ったのですが、ユトリロやシャガールもある、所蔵品が展示してあったそうです。市民ギャラリーとのことで、目的外のため、後ろ髪を引かれる思いで通り過ぎてしまいました)さらに、藁谷耕人記念館も併設されています。
>http://www.koseikai-wel.or.jp/mitara/mitara-tokuyo05.htm
平山郁夫と同級ということですが、50点余りもの大作品が常設されていました。はっきり言って、私は平山郁夫より好きになりました。3階の廊下にさりげなく飾ってあった「唐招提寺の金堂」の絵(12号くらいかな)もありましたが、これが一番欲しいと思った作品です。刀剣と唐招提寺(藁谷耕人?)で幾らになるかな。。
続いて、測量山の麓、「惠山苑」です。栗林商会が、94年前に室蘭に来る要人をもてなすために、贅を尽くして建てたという、敷地4,000坪、建物約200坪の社寺建築です。釘を1本も使用せずに建てたといいますから、あの法隆寺の西岡常一棟梁を思い出しますね。
バスは、源氏塀ということですが、瓦棒の屋根、板塀で上部が漆喰塗りになっている塀に囲まれてた広大な敷地に着きました。なるほど、内部は見えません。表門は、古風ですね。門前で背広姿の叔父さん達が待っていました。スキンヘッドの叔父さんもいます。ちょっと、怖ろしい。。。
門を入ると、見事に手入れされた松やツツジの木が沢山あります。ツツジが咲く頃に、再来したいですね。右手に、赤い鳥居が並んでいます。お稲荷さんがあるようです。屋根は北海道には珍しい瓦屋根です。玄関から、大広間に案内されました。12畳の部屋が2つでしたか?続いて、脇の間にも畳が垂直に敷かれています。全部で何畳か、聞くのを忘れました。
脇の間の外に廊下があるのですが、その格子硝子戸の上の梁(縁桁/えんげた)が27mの一枚物だそうです。信じられませんね。その他、欄間の細工、書院の組子、床の間などに無造作に置いてある壺や掛け軸、洋間の暖炉や壁付けの噴水?、家具、etc.etc.そして栗林家の仏壇まで見せて貰いました。文化財だらけですね。
しかし、多少の修復をしたとは言え、94年も経て、殆ど隙間の目立たない、宮大工の確かな技術に恐れ入りました。
ところで、昔風の大きいけれども意外と質素な台所があるのですが、そこで渡辺さんは、お手伝いさんと親密になっていました。似顔絵を描いていたようです。後で聞くと、いつでも来館O.K.の「顔パス」を確保したそうです。また、ゆっくり来て見よう、という考えですね。
一行は、室蘭の港が見える道の駅で少しの休憩を取った後、伊達市の藤本荘介氏設計の「ミネルバ病院関連施設」に向かいました。
>http://www.minerva.gr.jp/
なんと、ご本人が迎えていました。さらに竣工前日のため、館内は忙しそうでした。施工者の皆さん済みません。
施設は、噴火湾沿いの小高い丘の上に連なっていました。いくつもの施設があるようですが、見学した建物は、外観も内観も白いブロックを並べた不思議な空間です。床は節のある無垢のフロアー、壁は白、天井も白く塗った板を隙間7〜8cmほど空けて張ってあります。その隙間から見える天井の懐も白です。ご本人はピアノ塗装と仰っていました。トップライトがあるところから、淡い光が差しています。さらに木肌をみせた手摺りと薄いブルーのペアガラスがところどころにあり、そのガラスから外部をかいま見せています。
何故か「2001年宇宙の旅」の宇宙船を想い出しました。そういえば、藤本さんご本人も、ちょっと宇宙人風に見えたのは、私だけでしょうか?
しかしなんと言っても、どれもこれも施工者泣かせの納まりです(失礼しました)。
外に出ると、藤本荘介氏デザインの9坪ハウスが並んでいます。さらに、小中学校と体育館も見学をさせて頂きました。体育館の壁面にはロッククライミングがついていました。非常につかみやすい取っ手が壁面に付いているため、私でも登れそうな気がしました。
朝7時45分の札幌北口駅前集合から、施設見学が終わった伊達で、時刻は18時を過ぎていたと思います。大変なボリュームのツアーでしたね。今回は、バスの中での模擬試験もなく、無事札幌に向かうことができました。噂を聞いて、準備をしてきた人がいたかも知れません。隣席では、渡辺さんが自分の描いたスケッチと似顔絵に彩色をしています。本当にマメな人です。
私は、持参してきた「介護と建築のプロが考えた『生活リハビリ』住宅」/バリアフリーは間違っている/三好春樹・吉眞孝司共著を読んでいました。
「自分たちが入りたい施設を」なんてのが、その典型だ。その自己中心性にすら気付いていないらしい。若くて自立している自分を基準にしてどうする。最も呆けている人が落ち着くような施設を造るべきなのだ。そうすれば全室個室になんかなるはずがない。
バリアフリーというと、まず風呂は段差をなくすべきだと考えるし、玄関にもスロープをつくるのがいいと思われています。ところが、このスロープというのは、人を乗せて自分で車イスを押してみればわかりますが、若い者でも息が切れてしまうほど大変なんです。ましてや「老老介護」といわれる老夫婦の一方が歩けるときは、そのくらいのことと思って事イスを押すでしよう。そうして途中で力が尽きてしまい、二人一緒で事故を起こしてしまうのです。
などと、刺激的なことが書いてあります。実際に、老健施設を運営・計画をされている方の経験から来ている発想ですから、深刻です。
札幌駅北口での2次会の後、自宅に帰ったのは夜もかなり遅くなっていました。本当に、みなさんお疲れ様でした。そして、堪能しました。改めて、感謝いたします。あの後、さらに3次会に行った方はいないでしょう?
2006年3月:藤本壮介設計〜ミネルバ病院関連施設(学校棟・授産施設棟)を見学して
水口朋子
幻のバスツアー、最後の見学地は伊達の丘の上に建つミネルバ病院関連施設でした。数年前に話題となった、援護寮の見える位置にそれとはまた違ったイメージの真っ白な外観をもつ施設が佇んでいます。まずは設計者ご本人の登場に驚き(まさか会えるとは思っていなかったため、入口ですれ違ってびっくりしたのでした。。。)、説明を聞きながらの施設見学ができて思いがけず得をした気分になりました。
箱型のブロックをランダムに組み合わせることできたすきまの空間が、子供たちにとってのちょっとした隠れ家になったりなど、いろいろな過ごし方ができるよう考えているとのことでした。場所によってスケール感も様々に変化し、子供にとってはわくわくするような空間なのではないかと思いました。閉鎖的になりがちな用途だと思うのですが、切り取られたように見える外の風景やシンプルな白い壁、すっきりとしたおさまりなど、施設のにおいを感じさせず開放感のある建物でした。藤本さんの建物をはじめて見学したのですが、新進気鋭と言われるところを体験できて貴重な経験でした。
実際に子供たちが暮らしていく中で、設計意図がどのように実現していくのか、それが気になります。実際に子供たちがいる空間を体験できたらこの施設の根本がわかってくるのだと思いました。今はそちらのほうに興味があります。援護寮も含めて、ぜひもう一度足を運んでみたい場所でした。
2005年6月:大規模集成材工場見学とHIPA交流バスツアー
交流・事業委員会事業報告
コメント担当:水島弘子
私がHIPA準会員となって始めての地方事業&旭川支部の方との交流会、おまけにバスをチャーターしての遠出なので気分は遠足!いったい何名くらい参加するのかな〜♪
と気になってしょうがない。そこで加藤委員長に電話してみよう!と思い立ち早速電話をしてみると・・・何名参加ですか? 今のところ16名で最低20名は集めないと格好が付かないのさー
(なぜ格好が付かないか?・・・それは今回のバスのチャーターはお世話になる三井物産林業さんの手配によるものだからなのです。。。) それから、交流・事業委員会の女性メンバーでは私しか申込みをしていない。 うっそー! 一応電話して確認して見ます。 慌てて皆さんに電話をするがやっぱり仕事の絡みで参加は出来ない。しかし、倉井さんは直前まで分からない、行きたいんだけどー との返事。脈はある! そうだよなー、平日だもんなー。私も平日に休みを貰うのは難しいと考え、日曜出勤をしたりしてこの日を代休にしたんだもの・・・
6月8日交流・事業委員会 ツアー前の最終打ち合わせ
参加人数報告・・・やっぱり16名増えてない。そこで直前まで分からない人もいる!(倉井さんのように)という事で受付を直前の15日まで延長することに決定。あとは、移動の車中で何をしようか?んん〜。。。最近、CPDっていう事を言われているよね、資格を取った後でもちゃんと勉強をして維持・向上に努めよう!っていうやつ。(簡単に言うと、みんなちゃんと勉強しよう)
去年のプランナー試験をやってみるって言うのはどうかな?おお〜、さすが委員長。面白いかも。
悪いんだけど資料作ってくれる?わかりましたー!それとバスガイドも・・・えー。でもしょうがないかと開き直り。打合せ終了後にさっそく問題を作成しながら、そう言えば実際の試験は学科と製図があるけど製図試験はどうしよう?そこで閃いたのが、そうだお絵描きにしよう!学科試験の上位数名を選出して二次試験・・・お題は天才バカボンのパパや鉄腕アトム、ミッキーマウスなど簡単に書けそうで書けないもの、それをみんなで当てる。お絵描き道具や資料を揃え準備万端整った。と思ったら・・・・そうだバスガイドは旗を持っているぞ。と思いつき旗の製作に取り掛かる。さて棒はどうしよう?そうだ!自分の会社の倉庫には木材が豊富だから何か一本借りて行こう!という訳で倉庫内をうろうろ、樹種は何がいいかな?やっぱり銘木店らしく桧かな?でも適当な材料がないなー。ん〜・・・これにしよう!それは青森ヒバでした。
準備も整いあとは明日の出発を待つのみ。そして、その晩に委員長から電話「水島さん肝心な あ・れ 忘れないでね」あれって何ですか?回答さー!ぬかりはありません。という事であとは本当に出発を待つばかりと思いきや、弊社社長より非常に焦らされた一言が出た。
水島君、明日は小樽で製材だからな。えっ、明日ですか。それって私が行くんですか?おおそうだ
あのー社長、明日はお休みをいただく事になっているんですが。ん?あーそうだったな、俺が行くからいいわ。で一件落着、忘れっぽい社長のことだから想像はしていたけど実際に言われるとビックリです。(北の国からジュン風)ここまでがツアー出発までに私に起こった出来事です。
6月16日 お天気:晴れ いよいよ出発の時、乗車前に委員長と時間配分など軽く打ち合わせ。
出発の前日まで締切りを延長した甲斐があって?倉井さんも参加。最終乗車人数23名で体裁は何とかとれました。バスツアーらしく、委員長の♪はっしゃー おおらい の歌と共にドライバーさんのクラクション プップー*で出発進行。
まずは委員長からおおまかな工程を説明、続いて吉本会長のお言葉をいただいて皆さんの自己紹介。今回のツアーはHIPA会員以外に設計事務所さんや専門学校の学生さん、コーディネーターさんなども参加してくださいました。参加者の中には二日酔いの人も数名、この二日酔いがあとで悪夢となる人も・・・
まず、旭川までの道のりで ジャジャーン!一次試験の学科テスト〜。なんで試験なんだよーとブーイングなんてそっちのけ、HIPA会員以外の方にも「このバスに乗ったが運のつき」ということでテスト開始。ここで悪夢が発生、下を向いて文字を読む。当然 「きもちわる〜い」 の声。。。
そこで委員長「大丈夫!ちゃんと袋は用意してあるから」の一言と「下を向いて気持ち悪い人は上を向いて読んでください」の追い討ちをかける水島の声。「きびしー」というブーイングも無視。
なんたって鬼の監視官:加藤委員長ですもの。試験終了。答え合わせへ。みなさん何点取れているのかな〜♪と結果が楽しみ。しかし、答え合わせの途中で旭川インターに到着、ここで本日の一つの目的である大規模集成材工場の三井物産林業の担当者さん(以下:物産林)の登場です。
いろ〜いろな面でお世話になる方ですので、物産林さんにマイクを渡し本日の事前説明や取扱商品の説明をいただくこと・・・・約一時間?延々と話し続け、さぞのども渇いたことでしょう。と言うころに物産林さんお薦めの図書館に到着です。置戸町立図書館でこの図書館も大断面集成材で構造体が形成されている。なんでも置戸町民は読書好きが多いらしい。人口に対する図書の貸出率が日本一!とのこと。ほ〜〜、と感心してしまう。図書館の中には薪ストーブがあって廻りには椅子も置かれている、ここでストーブのパチパチという音を聞きながら読書するのも優雅だな〜。と
シミジミ思う。そうは思っても実際は読書が苦手な私なのでした。そして、次の目的地、やっほー!
お昼ごはん!!置戸町唯一の割烹料理店♪見た目は蕎麦屋さんに到着!(物産林さんがそのように紹介してくれました)朝ごはんは車中で軽ーいものでしたので「お腹もぺこぺこ」美味しく頂いたあとは次の目的地へ。ここで二日酔いの悪夢さんは大丈夫かしら?と思い声を掛けてみると・・食べたらスッキリしてもう大丈夫!という事でひと安心です。
次の目的地:いざ工場!の前にもう一つ見て欲しいものがある。それは・・・・
戦後、昭和30年代に建てられた学校の体育館で廃校後、外壁などは取られ骨組みになった構造体を移築し管理(経過の観察)をしている、これも大断面集成材で構築されている。
その姿はなんとも淋しげであったが約50年経過した今でもしゃんとしている。実際の話し、木材の耐久年数は推定できても「接着剤に関してはわからない」 それもそのはず、戦後に普及したものだから実績がない。学者の話では使用条件が整えば永久的に大丈夫。と言っているらしいが私にはよくわからない。だって、その使用条件がどういう条件なのか、整えるのに可能な条件なのかがわからない。だから分からない。それもあって物産林さんでは観察を続けていくそうです。
さ〜て、いよいよ工場へ向かう。途中物産林さんの製材工場を見ながら通過・・・なんでも無人でも可能な製材機が設置されているとか・・・・お金が掛かってまんな〜。。。ここも見たかった。
やっと、目的地「大規模集成材工場へ到着」です。
到着してまずは、ヘルメットの装着。人数分のヘルメットがあるなんて凄い!と関心。
工場へ入る前に事前に説明・・・工場内は騒音が大きいため声が聞こえないとのこと。確かに聞こえないんだろうな〜・・・木工場で製材の経験のある私には安易に想像が出来ました。
皆が真剣に説明を聞く中、一人でカシャ・カシャとデジカメで建物を撮影しまくる。んん?もう一人撮影している人がいる。松田さんだ。HP用に撮りまくっているのかな?と勝手に想像。
そして工場に立入る前に みんなで記念撮影 ヘルメット姿がなんともいい!あとで笑えるかしら?画像が楽しみです。
やっと工場内へ入場。確かに音は凄いがさすがですね〜、工場内は綺麗に整理整頓され工場と聞くイメージの汚さはない。機械が並び、ローラーの上を木材が流れているのだから汚れる要素は少ない。しかし綺麗な工場を見ると感心する。(確か旭川で見た工場も綺麗にしていたな〜)
そこで真剣に製造に取り組む姿勢が見える気がするからです。
まず、木材が通される機械は含水率計測器です。計測数値は9%前後・・・含水率10%位を使用と言っていたが、まさにその通り!しかし、木材を扱い木を学んだ私としては少々疑問が残る数値だが特に触れず。ここで思い出した!集成材工場に行ったら各工程の写真を撮ってきて欲しいという宿題があったのだ。みんなの群れから一人離れ写真撮影、夢中で撮っていると気が付けば誰も居ない、みんな隣の倉庫へ移動していました。すいません・・・
この工場の作業の流れは、含水率計測器に入り次は材料の選別をしていたのだろうか?三種類に分けられていた。なぜ分けているのかな〜と思って見てみると、人工乾燥の際の材料の不良の程度で分けているのかな?と勝手に解釈。なにせ事前の説明をちゃんと聞いていなかったからこんな事になる。次の工程でやっと人の手が加わる。材料の著しい欠点を取り除くため割れの位置や大きな節など棒墨で印を入れる。印を入れられた材料がまた流されていく。今度は切断機の登場だ、この機械を見ていると何故か不思議、勝手に木材が止まってさっき印を入れた位置で切り落とす。無人なのになぜ?センサーが反応するような特殊な棒墨か?多分、機械操作室でちゃんと操作をしている人が居るはずと思い直す。そしてどういう設定なのかは不明だが、ここまで運ばれてきた材料がある程度の量にまとめられ、まとまったまま流れていく。残念ながらその先の機械は歩行困難で見ることは出来なかったが、恐らくモルダー(4面を一気に削る機械)を通り、フィンガージョイント加工(長さを繋ぐギザギザの形)をして、糊をつけプレスされる。
糊の付け方は一面にまんべんなく付けず線状に付ける。プレスで圧力をかけたとき糊が広がり全体に行渡るから心配はいらない。そして糊のはみ出しも最小限に抑えられるそうだ。
プレスされた材料は一週間ほどねかせる。乾燥させた材料に糊という水分を与えるのだから馴染ませ安定させる。それから、注文の寸法に合わせてこの工場での作業は終了となる。
このあとは、無人製材機のあった工場へ移し検品・出荷となるようです。
その後に見た人工乾燥釜は3機あれ?4機だったかな。その乾燥釜のエネルギー源は鋸屑を利用している。集成材を加工する際に出るその鋸屑が1ヵ所にまとめられ燃料としているそうです。
その後、物産林さんの集成材以外の取扱品や、稚内珪藻土の塗りの実演を拝見。工場見学は無事終了・・・しかし時間が少し押している。みなさん、急いで出発しますよ〜!プップー。
さて、ここで忘れてはならないのが試験の結果です。答え合わせも途中だったので一度解答用紙を集め委員会側で採点しました。上位5名と最下位さんが賞品を手にすることが出来ます。
設計事務所さん、コーディネーターさん2名、HIPA準会員2名、学生さん1名が受賞。パチパチ・・
あれれ?ところで正会員さんは一体・・・?皆さんどんぐりの背比べのような点数でありました。が
名誉のため一言、本当の一番は我がHIPA会長吉本さんでした。賞品の授与は遠慮されたため繰上げ順位となった次第です。準会員の2名さん!これを弾みとしてプランナー試験受けてみませんか?(アクマの囁き)。
そして上位5名も出揃ったのですが私も含め皆さんチョットお疲れ気味なので、予定していた二次試験は中止して、リラックス・休憩タイムとしました。
お蔭様で旭川までの道のりは後部座席で一人 「爆睡」 させていただきました。
ドライバーさんのお陰で遅れていた時間も少しは挽回して、これからがお楽しみ本番のカンディハウス(旧社名:インテリアセンター)さんに到着です。こちらでもお世話をして下さる方がいらして、HIPA副会長でカンディハウス常務取締役の小野さんです。
到着後まずは2階ショールームに集合しそこで旭川支部の方達と合流。いや〜、久しぶりという声もあれば、始めまして何々と申します。でまずはご挨拶。そのあとは二班に分かれて家具工場の見学です。小野さんのはからいで一班に1名ずつ説明してくださる案内の方をお世話していただきました。工場内を回りながら・・・さずが綺麗な工場だな〜。整理整頓が行き届いている!あら?どこかで聞いたセリフだわ。大規模集成材と家具の工場、どちらも工場だけどやっぱり繊細さが違う。初めて目にする機械ばかりなので食い入るように見る。すると当然のごとくまたまた皆さんに遅れをとる。私って集団行動に向いてないのかしら?と自問自答・・・するのも束の間、パーティーが始まるまでの間ショールームの見学です。色んなデザインの家具たちが程好い空間に展示されている、ここぞとばかりにソファーの座り心地くらべをしながら見学していると、あら〜。あちらこちらに顔見知りが、設計事務所さんやデザイナーさん札幌から結構来てるんだ。
さすがカンディハウス!と一人で関心。
さ〜、いよいよパーティーの始まりです。飲んで食べてお喋りして・・・そのパーティーの間にも顔見知りが・・・○○さん、と肩をポン。あら〜来てたんだー。と思えば水島さん、僕の30年来の友人を紹介してあげるよ!と「元HIPA会長、現日本インテリアプランナー協会会長:杉山さん(杉山先生と言うべきかしら?んーピンと来ないのでやっぱり杉山さんにします)」連れて行かれる先に居る人
まさか、○田さんじゃないですよね。えー、知ってるの?といいながら○田さんのもとに到着。何で2人知り合いのなの?ススキノでナンパされた?などなど冗談話も飛び交い、楽しく過ごしていると時間の経つのは“あっ”という間。パーティーもそろそろお開きで二次会に行く人たちは流れつつある。私達も札幌へ向けて出発の時間が迫っている。最後に旭川支部の方達とお別れをして乗車。
帰りの車中は、乗車人数が増えている。集成材工場には行けなかったけどカンディハウスさんのパーティーには出席していたHIPAのメンバーに、今回家具工場の見学で案内役と勤めてくださったかた、どうせ札幌に帰るんだもの乗っていこう!という訳で増員です。
帰りの車中はお喋りする人、寝てる人色々ですが結構皆さん元気みたい。そう言う私も昼寝をたっぷりしたので比較的元気!予定通り22:30に札幌駅に到着。バスを降りた途端さっきまでの元気がウソのようにドップリ疲れが出た。さよーならー とちりじりばらばらに帰る方たち、その後ろ姿を見送りながら 吉本会長の一言 「これから3次会に行くかい!」の言葉にいつもなら「行きまーす!」と元気よく反応する私も、今日は帰りたいですー。疲れましたー。
これから地下鉄で大谷地まで帰るのか・・・と考えても憂鬱なほど疲れました。
でも、疲れた分だけ色々なものを見て 「百聞は一見にしかず」 を再認識しました。
交流・事業計画案が出てから達成までの道のりは結構パワーが必要で、でもやり遂げた時の達成感は何とも言えない。これがあるから次も頑張れる!そう言うパワーを持った人たちに囲まれて私もパワーを吸収する。さて委員長、次は何にしましょうか?また皆で集まろう!
>写真は会員専用「Log-In Page」に有ります
2005年6月:槍がんな
普及委員会:松田秀章
6月25日、木心庵さんの槍鉋(やりがんな)の実演会に行ってきました。私は、午前中に行きました。午後の部は、相当混んだようですね。
たまたま、ケーブルテレビのヒストリーチャンネルで「唐招提寺平成大修理」を見ながらこれを書いているですが、2001年夏、私が唐招提寺に行ったときに、丁度、平成の大修理の真っ最中のため、金堂が大屋根に囲われていて、殆ど見えませんでした。その時の改修までの放映です。
大正・明治の大改修、そして江戸の大改修からのゆがみの是正が今回の目的だそうです。大正の改修では、丸頭の洋釘が使われたそうですが、抜けにくく、これが今回の改修の邪魔になっているとのこと。建物も仏像も、あちらこちら釘で止めてしまっているらしく、今は、常に建造初期の姿に戻す思想が主流になっているようです。昭和の宮大工の棟梁、西岡常一さんも、そうよく言われていた(読んだ)記憶があります。
ところで2001年は、唐招提寺の隣、5〜6分と記憶していますが、8月の超暑い道を、ポカリスェットを飲みながら、薬師寺まで歩いたのです。もっとも、唐招提寺に至る前に、さらに1時間弱、伝垂仁稜を経由しながら、流れ出る汗を拭いながら、歩いて来た覚えがあります。
その薬師寺の造営に西岡さんは、力をかけたんですね。西岡棟梁と言えば、法隆寺が有名ですが、薬師寺の西塔、金堂、講堂、そして平山郁夫氏の大唐西域壁画がある玄奘三蔵院伽藍が圧巻ですね。確かあの薬師寺の施工に、弟子の小川三夫さんを初めとして、全国から宮大工の卵を集めたと記憶していますが、その一人が、北海道におられたのですね。
定刻の11:00ほぼきっかりに、「木心庵」に「古代」の雰囲気が漂いました。用意された作業台の上には、包装された直径1尺x6尺程度の「柱」が置かれています。そこへ、胸を反らせて雪駄を履いた、おじさんが偉そうに現れました。オッ、これが宮大工か?他には、作務衣を着た若い人が2名、はちまきをした作業員風の人もいます。来客は、20名ばかり、子供も女性もいるが、高齢の男性も目立つ。
でも、勘違いでした。偉そうに見えたおじさんは、木心庵の社長でした。社長の挨拶から始まりましたが、何と作務衣を着た若そうに見えた方の一人が、その宮大工(佐々木さん)でした。てっきり、かなりの高齢という先入観が、勘違いを起こしていました。
包装されていた檜かと思った柱は、なんと樅の木でしたが、あまり北海道ではなじみがないですね。でも、良い木ですね。その木は、既に32〜64面体に削られ、墨が引いてありました。そして、槍鉋の登場です。
槍鉋の刃全体は、写真で見るよりも、大きなそりがありました。佐々木さんの説明によると、削るときに、そりが無いと手が邪魔になるそうです。ホワイトボードで説明しながら、実演して見せてくれたのですが、槍鉋の実演の前に緊張と汗で疲れてしまいそうです。講演会は饒舌な方が良いですが、職人に言葉は不要ですものね。佐々木さんの作務衣の背中が汗でビッショリです。
樅の木に、槍鉋が当てられました。私はてっきり、「す〜と」引くものと思っていましたが、「ちょりっと」削っただけでした。これは、意外でしたね。西岡棟梁の本には、法隆寺の柱では、古代の職人が6尺程度を槍鉋で一気に引いたものがあるが、現代の職人では、せいぜい1尺だということが書いてありました。宮大工さんの話では、あまり長く引くと、入れが深くなり、逆目が出るとのことです。なるほど、と思いました。そして、その鉋屑をしっかり私が自分の胸ポケットに納め仕舞ったことを、気づいた方はいたでしょうか?
そこで、木心庵の社長の槍鉋の登場です。やたらと柄が長いので、社長自ら、これは槍だと説明していました。でも、刃先だけでも8万円以上もしたそうです。もっとも、宮大工さんは、刃先をみて首をかしげていましたが、本物はいくらするのでしょうね。西岡棟梁は、「堺の刀鍛冶に頼んで法隆寺の古釘を使ってヤリガンナを仕上げてもらった。これが切れるんですな」と言われているが、その「槍鉋」は国宝級でしょう。
宮大工さんの説明の後、来ていた方に体験をさせて貰うことになりました。なんと体験用の槍鉋が別に用意されていました。皆さんが、体験している間に、私は脇の方で本物の槍鉋を眺めたり、写真を撮ったり、触ったりと充分に堪能させて貰いました。ところで、社長の槍鉋はその間何処にあったのでしょう。すっかり、忘れられていましたね。(後で、判ったことですが、社長自らしっかり握りしめていたそうです)
そして、自分の実体験です。やあ、力が入りますね。声も掛かってきます。何となく緊張して、槍鉋を引いてみましたが、何と、30センチくらい引くことができました。鉋屑は、くるくると渦が巻いています。これを無くしてなるものかと、口にくわえて再挑戦です。
宮大工さんの道具箱には、台鉋で引いたという、5.4尺の鉋屑が大切に仕舞ってありました。この鉋屑が大事なんですね。西岡棟梁の話には、幾度も鉋屑の話が出てきます。この鉋屑でその技量が判るらしいですね。そして、私の鉋屑と宮大工さんの鉋屑を比べてみましたが、長さは私の方が3倍あるのですが、厚みが違いました。私のは、厚いんですね。堅いんです。それに対して、宮大工さんの鉋屑は、サラッとしていました。技術の差を感じた次第です。(あたりまえだろう)
テレビでは、「腕利きの名大工」と西岡常一棟梁を説明していましたが、その表現は情けないですね。西岡さんは、人間国宝までなった方です。私は、「神様」だと思っています。昭和の薬師寺は、確か台湾の檜を使ったと記憶していますが、「木は山を買え」「千年を経た木は、千年持つ」と、数々の口伝を教え、歴史を残された方です。その教えに触れたような瞬間でした。
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2005年6月:JIPA第7回全国大会・2005名古屋 に参加してきました
オフィスリブロック一級建築士事務所:石崎多鶴子
皆様、ごきげんよう 従軍カメラマンの石崎です。全国大会参加の皆様、お疲れ様でした。
愛知県での全国大会は前日に長久手町で万博、名古屋市内の産業技術記念館で全国大会と記念講演、豊田市の三州足助村(香嵐渓)で懇親会、犬山市の明治村と、130年前から未来までを駆け足で廻りました。
全国大会の写真は400枚程ありますので「厳選」されたものをHIPAのHPに載せるようにいたしますね。
記念講演は「音楽療法の話」でした。
認知症防止や治療の具体的で「為になる話」でしたが、私は症状が進んでいるので、土井さんと一緒に、また復習しないと忘れてしまいそうで〜す。
懇親会、遅くまでお疲れ様でした。放歌高吟の声を子守唄にぐっすり眠りました。
愛・地球博 のテーマは「自然の叡智」です。
1)宇宙、生命と情報(Nature's Matrix)
2)人生の“わざ”と知恵(Art of Life)
3)循環型社会(Development for Eco-Communities)
明治村ではSLにも乗り、子供のころを思い出しましたし、大正12年完成の帝国ホテルのロビーがなぜ明治村にあるのかもわかったので、長年の疑問が解けました。
万博では未来のロボットや乗り物もみました。(産業技術記念館に同じものを展示してましたが)
ご機嫌よく土産を買って帰ろうとしていたら千歳は濃霧。飛行機は引き返す事もあり得るとのアナウンス。(無事到着でほっとしました)
今回の全国大会出席したメンバーは万博テーマに沿ったすばらしい研修ができました。
P S
中部国際空港(セントレア)には銭湯がある(セントー)のでセントレアと思っていましたが、中部を表す"Central"と「空港」を表す"Airport"の文字を取り、"Centrair"だそうです。
銭湯でさっぱりして飛行機搭乗はとっても気分がイイモンデス。
2005年5月:新年会・森傑氏帰国報告会
交流・事業委員会事業報告
コメント担当:谷内むつみ
昨年の12月、毎月定例となった交流・事業委員会にいつものように出席。
まじめな加藤委員長の用意した今回の討議内容にしたがって順調に議事が進行し、いつも通りに和気藹々のうちに終了・・・の予定だったのですが・・・
あのやさしい加藤委員長の口から思いもよらない怖い言葉が!
「新年会の開催については、谷内さん・内村さん・常田さんが中心で、お願いしますね!」
私「えっ!!!」(心の中で「うっそぉ?!」)・・・「そんな大役務まるでしょ〜か?」
加藤委員長「大丈夫!みんな手伝うから!とりあえず他の二人に知らせておいてね!」
そーなんです!(古い!!)この日に限って内村さんも常田さんも欠席だったんです。
(どーしよー!)と、いきなり目が覚めました。・・ (今まで寝てたのか?)
と、とりあえず二人に知らせなくては!・・・あせった私はすがるような気持ちでまず連絡を・・・
内村氏「僕はクリスマスの幹事終わったばっかりだからね?。谷内さんメインで頑張ってね!」
そーいえば忙しそうだったよなぁ?。・・・そんなご無体な!!・・・。
常田氏「えっ?あぁ。はい。」・・・な、なんと冷静な・・・。
といいながらも、「まずは、三人で打ち合わせを・・・。」との私の願いに快く時間を作って頂き、暮れも押し迫った某日に初顔合わせを・・・ところが、言いだしっぺの私、この日風邪をこじらせ、でかいマスク姿で登場!ふがふが、もごもご状態?で、なんとしまらないこと・・・。
でもそこは、新米ぺー子の私と違い、内村さんは会場の手配、常田さんは案内のゲラ作りと、手馴れたフォローで、さすがぁ〜という感じです。・・・で、当の私は記念講演をお願いする森先生への繋ぎ役。・・・しっかりやらねば!・・・メールでまずはコンタクトを・・・す、すみません。
私、現在メール不通の問題児でした。FAXという手段があって良かったぁ・・・。何処までもアナログな奴ですいません。
そんな調子で、何をどうしてよいのかわからないまま時間が経ち、新年会当日・・・!!
天候は、小心者の私の心を表すような荒れ模様・・・にも関わらず参加者43名と大盛況!!!
兼ねてより希望の声の多かった森 傑先生のスイス・ドイツ出張からの帰国報告の記念講演も
『近代建築理論における&ldquoプラン&rdquo概念』というタイトルで、出張先で撮られた数多くの写真を見せて頂きながら、興味深いお話を聞かせて頂くことができ、参加の皆さんからも大絶賛!!!
・・・は良かったのですが、実は私この日の大役でかなり舞い上がっており、すごーく楽しみにしていたお話や映像を受け止める余裕がないまま、受付まわりを右往左往・・・気が付くと貴重な講演の時間が
・・・あー悔しい、なんてもったいない!愚かな子羊に、できればもう一度チャンスを!!!
・・・で、肝心なお役目はちゃんとできたのか?って?・・・細かな不備や不手際は数多くありましたが、そこは委員長を中心とした.みなさんの素晴らしいフォローに助けられ、大きな失敗無く?終える事ができました。本当に感謝しております!!!
そして、いつもぼーっとして気の利かない私に、虎の子を崖から突き落とすがごとく厳しい試練?を与えてくださった加藤委員長の深い愛情?に感謝しております。
今後とも何卒長?い目で宜しくご指導の程・・・・・お手柔らかにお願いしま〜す。
2004年11月:「料理家野村先生による調理実演とワイン講師宮澤智氏によるワインセミナー」の開催!
交流・事業委員会事業報告
11月26日サッポロファクトリー内北ガスプラザにて、料理家の野村さん(プランナー会員であるデザインミック野村さんの奥様)と(社)日本ソムリエ協会認定シニアワインアドバイザーの宮澤 智氏の両名による実演セミナーが、開催されました。
参加人員は21名で、プランナー以外の団体からも多数の受講者が参加されています。
セミナーは一般的な料理を対象に、ガスと電気の長所短所を料理家の視点から検証して頂くとともに、参加者皆さんにその味比べをしていただき、エネルギー種による料理の向き不向きが実感できたひと時でした。
交差するように行われたワインセミナーでは、宮澤先生によるわかりやすい講義に加え、試飲しているワインが効くとともに野村先生の料理のピッチもすすんできて、講習半ばからは緊張感まるで無しの盛り上がりムードで終了しました。
特筆は6種類(計12本)に及ぶワインの試飲で、1人当たり500ml飲んだことになります。
又、ワイン種に合わせた各種グラスを参加者全員におみやげとしてセットでいただき、感激のセミナーとなりました。
皆さんそれだけで参加料の元は充分に取ったとホクホク顔でしたよ!
グラス大切にしてください!
■野村先生による 各調理器具(電気・ガス)の同時実演
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■宮澤先生による ワインセミナー
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■ワインセミナーの全体像 (まだ皆さん出来上がっていません!)
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2004年9月:茶廊『法邑』を訪ねて
交流・事業委員会事業報告
コメント担当:加藤次大
今年初めての見学会。毎年何かかにか話題になるのに何も無い北海道。「今年は見学会は出来ないかも…」と若者風な言い回しで考えていました。ここからは北海道弁で…&lsquoそしたら、自分の足下に有ったんだわ。自分の関係した仕事でも見てもらっても良いだべか?と暫し自問自答&rsquo。多分皆も「良いんじゃないかい」と言いそうな声が聞こえてくるような気がして…………企画決定!
茶廊『法邑』は、平成16年9月23日オープン。昨年までタマネギを収穫していた畑であったとの事である。外観を見ると倉庫?と見間違いそうな建物。でも中は、喫茶を兼ね備えたおしゃれな画廊である。当日、午後3時から北海道芸術デザイン専門学校の境先生が先生や生徒達を20名程引率し、見学して頂きました。その後6時から会員の皆様が随時見学。見学途中で設計者の中山先生に建築の趣旨をお話し頂きましたが、見学会企画に緊張しっぱなしの私、殆どお話は覚えておらず「二次会のビール園で緊張を解かなくっちゃと」そればかり。二次会では、酔って見学会の感想を出席者に聞くのを忘れておりました。その内、もし個人面談なんてあったのならその時にでもコソッと教えて下さい。
オーナーの法邑美智子さんは、「東区って芸術や文化の育たない所なのよね。このタマネギ畑の土地を有効に使えるような文化発信の場所にしたいわ。そこで一念発起しました。」とお話ししておりました。
彼女は、日本画家の浅野天鐘先生に師事し日本画を極められた方です。
この建物を設計したのは、北海道の若手建築家の中山真琴さんです。この設計に当たって、彼は具体的抽象(法邑美智子著)で次のように話しております。《初めてこの場所を見た時はまだ畑で、其の時に玉ねぎ倉庫しかないと思っておりましたね。一見倉庫に見えて、昔からずっとそこに存在していたような。三角屋根で、表面的に飾らないシンプルで素形的なもの。長い年月愛されるような、そういう建築にしたいと考えました。
カフェのほうは、雪見障子的に地窓で囲んであります。これからの空間というのは周りが過密になってきますから、どこかで目線を切らないといろいろなものが飛び込んでくる。特にここは、喧噪からはなれてお茶を飲んでほしかったので、目線を一定のところに限定することで空間が広がるようにしたんです。それと素材感。切り出したような木とか、割ったような石、そして黒皮の鉄といったように、素材本来の力をそのまま表現しています。逆にギャラリーの方は、照明器具を一切表に出さず、カフェとは対照的に何もない茫漠とした空間にしています。あくまで絵が主役なので…》と。
今回の見学会は、大きな商業施設の見学会と違い見過ごしてしまいそうな場所にある建築物。札幌には、いやこの北海道にはまだまだ紹介しなければ成らない建築物が数多く有ると思います。それと同時にそれらを設計した建築家の仕事場紹介や人物紹介など、私たち北海道インテリアプランナー協会/交流・事業委員会では、北海道建築家シリーズのような企画も考えればなあ〜と思う次第です。
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今回ご紹介した建築及び建築家案内
【茶廊法邑】札幌市東区本町1条1丁目8番27号
TEL 011-785-3607
オーナー:法邑 美智子(日本画家)
*2005.03.25 具体的抽象出版
上記著書は、美智子さんのお人柄がよく出た本だと思います。ご一読を!
【中山真琴】一級建築士、芸術修士、北海学園大学講師
日本建築家協会会員
1955年北海道様似町生まれ。多摩美術大学
建築科卒業。高村デザイン事務所入所(東京)
88年株式会社ナカヤマ・アーキテクツ設立
02年北海道建築賞審査員特別賞受賞
話題作品:小樽旅亭『蔵群』朝里川温泉等
『茶廊法邑』は、何度行っても良い空間です。見学会に行く事が出来なかった方は、是非一度足を運んでみて下さい。見学された方は、常連に!
*尚中山真琴さんのお話は、法邑美智子さんの著書から引用させて頂きました。
2004年6月:HIPA杯ボーリング大会・オリジナルトロフィーによせて
交流・事業委員会事業報告
コメント担当:倉井洋子
2004年6月9日、我々交流・事業委員は、第13回HIPA杯ボーリング大会について、『ソンブレロ・アラン』というエスニック居酒屋で、相変わらずジョッキー片手に打ち合わせを始めました。 会場は? 日時は? 参加費は? 案内発送は? もちろん2次会は?? と箸を片手に話し合っているうちに、加藤委員長が、「この大会を意義のあるものにする為、今回から優勝者にトロフィーを授与してはどうだろう?!」とのお言葉。
遂、そのリーダーシップに我々はズルズルと引き寄せられ、「では、新たにトロフィーを買いましょう!」と全員賛成で決定!
でも想像してみてくださいな。 よくあるトロフィーの姿。 茶色のプラスチックの台座に、それもまたプラスッチクなのに何故かゴールドメッキされて投球ポーズをとっている人が乗っている姿を…・…。
「それって部屋にかざりたくなし〜!」(今時の若者風に)
「プランナーの大会でそれはないでしょう?!」と、思いませんか?
酔いも手伝って 「それなら素敵なオリジナルのトロフィーを作りましょうよ!」
……つい … 私 … 言ってしまいました。
「我々の会には、浅井憲一さんというアーティストがいるじゃないですか!お願いしてみましょうよ!」とまで、具体的に言ってしまった。
恐ろしいですよね〜。お酒の力って……。
そこで 佐藤事務局長(波田陽区風に)
「でも予算は、1万円までしか出せませんから!!」
「残念!」 ジャン! 「倉井斬り!」 (さすがにこれは言いませんでした。)
言いだしっぺの私としては、決定したボーリング大会の日までに1カ月を切っているし、アーティストの先生にそんなスケジュールで製作してもらえるのか、それよりもなによりも引き受けてもらえるのか? 予算も少な過ぎるし・・…。
だんだんと不安になっていきました。
この際、浅井さんの友人の畠山さんに根回ししてもらちゃおう!と安易な事を考えた私ですが、加藤委員長曰く 「だめで元々、直談判しよう!」と、なんて男らしい!
翌週6月16日、加藤委員長と二人で浅井氏の石山の自然あふれるアトリエへ。
そこはとてもステキな空間で、個性的で力強い作品が、私たちを迎えてくれました。
こんなお願いをする私たちに浅井ご夫妻は、おいしいコーヒーとお菓子でもてなしてくれました。
長〜い雑談の後、おもいきってトロフィーの件をお願いしました。
なんと、浅井氏は嫌な顔一つせず心よく引き受けてくれました。
成せばなる!とは良く言ったものです。
そしてその翌週、浅井氏はすぐにイメージが湧いたという事で、早々にトロフィーは出来上がりました。
その姿は、白ミカゲの四角柱の台座にスチールでできたリボンが空中でクルッと輪をつくりその中を通ってしなやかに曲線を描きながら天に向かって伸びている。
どの方向から見ても美しい、シンプルで完璧な姿でした。
これはまさにHIPAの宝物。
感激と感謝の気持ちで胸がいっぱいになりました。
「お願いして良かった!!」と、心の底から思いました。
さて、7月2日は『第13回HIPA杯ボーリング大会』。
このトロフィーの行方はいかに!
ボーリング大会の様子は、常田さんにバトンタッチ致しましょう!
では、お後がよろしいようで…。
2004年4月:韓国デザイナーの講演と交流会
交流・事業委員会事業報告
コメント担当:加藤次大
この事業活動は、突然かかってきた一本の電話から始まった。それは私が予期もしない相手であった。「あ、加藤さん?杉山です。」私の心は其の問いかけに一瞬ではあったけれど不安がよぎった。『な、なんだろう?』・・・・・・・と。
私が「はい。」と言ったが、次の言葉に耳を疑ってしまった。「まだ交流事業委員会で活動が決まっていなかったら、2週間後に講演と交流会が有るんだけれど、HIPAの名前を主催で入れたから。」と彼が言う。『なぜ?なぜ?活動が決まっていないと知っているのだろう?』と。5月14日の総会前の出来事、なア〜にも解らない私の事業スタートでした。
参加者は33名、内HIPA会員は8名。久しぶりに大学の講義を聞くような雰囲気の中、講演が始まりました。講師は、韓国の弘益大学校(美術大学)木造形家具学科 副教授のYO-HANG氏。場所は、北海道浅井学園大学 北方圏情報センター「ポルト」。韓国語の為通訳を入れての講義でしたが、何か国際会議に出席しているかのような(そんなに大袈裟じゃないか…)気にさせてもらいました。講義は、韓国の先端デザイン論というよりYO-HANG氏が教えている学生達の作品が中心と成っていました。
スライドによる作品紹介は凡そ50点程。作品一つ一つを丁寧に紹介されていたのが印象に残っています。なかなか良い作品が有り、私の中での韓国に対する認識が変わっていきました。但し、通訳を通しての説明は、話す方も聞く方も多分難しさを感じたかもしれません。
その後、交流会はポルト内で行われ参加した学生さんに混じりお茶会(缶ビールも有り!)が始まりました。YO-HANG氏も登場し、和気あいあいとした雰囲気の中名刺交換が行われておりました。「これが目に見える交流事業かと一人ゴチていました。こんな雰囲気も良いもんだ。」「しかし、コレからどうしたら良いんだろう?」
率直な気持ち、不安だらけの一日が私の背中に陰を落としていたのを誰も知る由も有りませんでした。ジャンジャン♪
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